幾原邦彦作品が胸に突き刺さる

毎度イクニ作品を見る度に、会ったことのない幾原邦彦という人間に敬意と一種の嫉妬のような感情が湧き上がる。

このような作品をつくる人は、
今持っている資産の全てを失っても、
持て囃されている地位や肩書きを奪われても、
見た目が老いて外的な見目が麗しくなくなっても、
この人の持っている内なる気高さや尊さは
決して誰にも消費されることがないのだと思う。

誰の心も消費しない、
誰にも消費されない心を持っていて、
それをごまかすことなく生きている強さと才能に感服すると同時に、
社会の尺度に揺らされまいと思いながらも
少なからず影響を受けてしまっているただのOLの自分には、
その強さが喉から手が出るほど羨ましい。

【輪るピングドラム】でペンギン帽を被った陽毬がいう言葉
「きっと何者にもなれないお前たちに告げる。ピングドラムを手に入れろ」
何をもって、「何者か」になれるのか。

結局、この物語を通じても、現実世界を通しても、
地位や、お金や、外見の麗しさでは貴方は何者にもなれない。
貴方を「何者か」にするのは、「この世に貴方が必要だ」と言ってくれるたった一度の経験と、
貴方が貴方以外の誰かに「君が必要だ」と言える能動的な心であり、愛なのだと。

それはどのような外的要因を抱えていても変わらない真理で。
それがこの地球上でいかなる条件であっても真理であることを証明する為に、【輪るピングドラム】ではあそこまでショッキングで議題にあげるにも憚られる事件を背景に据えたのだと考えると、
幾原邦彦はやはりただのクリエイターではなく、高次元の宇宙から来た使者かなんかなのではないかとたまに思ってしまう。

さらざんまい、楽しみだなあ。

A Moment along with An eternity

1度の出会い、1冊の本、1本の口紅、 1杯の紅茶を丁寧に愛したい

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